本使い日記

『文にあたる』を使う

こんにちは、本使いです!

今回使うのは『文にあたる』です。

1 読んだら役に立つと思われる人

・校正の仕事をしたいと思っている人

・本を書こうと思っている人

・書かれている事への疑問の精度を上げたい人

 

2 この本の個人的に良かったところ3点

①できることを増やすという考え方を見直せたこと

②ミスへの指摘と指摘されたことの大切さを考えたこと

③完璧であることの難しさとそれへの1つの対処法を知れたこと

 

3 読んだきっかけ

この本を読んだきっかけは、

本を書きたいと思っていて校正はどんな仕事なのか?

興味を持ったので読んでみることにしました。

 

4 本を使っての変化

この本を読んで大きく3つの変化がありました。

 

まず、1つ目は、

出来ることを増やす考え方を見直せたことです。

 

出来ることは増えれば増えるほど良いと基本思っています。

 

この本の中で

鉛筆の入らないゲラを戻せばちゃんと読んでいないと思われそうで、

鉛筆の数が増えるほど仕事をしていると錯覚さえしていました。

(鉛筆とは校正の指摘の書き込みのこと)

と書かれています。

 

これは、ひたすら手順を覚えて成果物を作っている印象を覚えました。

 

目的を達成するために成果物を作っているのに、

成果物を作るために成果物を作るそんなことになっていないかとふと不安に思いました。

 

手順しか覚えていなければ内容がどうか?目的に合うのか?の視点は消え、

手順通りにやったのでこれしかできませんになってしまいます。

 

目的が変わったんだからこれは無くても大丈夫になった。

これとこれは共通しているからどちらかで良い。

などその仕事そのものの目的に合わせて

手順を変化できる柔軟性を持っていきたいと改めて思いました。

 

 

2つ目は、

ミスへの指摘と指摘されることの大切さを考えたことです。

 

自分のミスを見たくないというの正直なところではあります。

相手のミスを指摘して相手の気分を害するならと

自分でやってしまうこともしばしば。

 

相手のミスを指摘をしても平気なように、

何気ない会話で関係を作っていくことの大切さを感じました。

 

また、相手からミスを指摘されても、

教えてくれてありがとうと笑顔で対応できる自分でいたいと思いました。

 

 

最後の3つ目は、

完璧であることの難しさとそれへの1つの対処法を知れたことです。

 

本の中で

校正は常に完璧である(誤植をひとつも出さない)ことを求めらていながら、

完璧な仕事をすることはほぼ不可能である。

 

誤植を拾えずに落ち込む著者への先輩からのアドバイスは、
「忘れなさい」

 

今の日本の社会を支配しているのはいかに失敗をしないか?

だと思っているので先輩からのアドバイスは

日本社会へのアドバイスのように感じられました。

 

もっと忘れる機能(特に自分では対処できないことに)を発揮して、

過去に縛られず今にどう向き合うかが大切だと改めて考えました。

 

 

全体的な感想としては、

校正の指摘が著者や編集者に考える機会を与え、

より良い本にしているのだと感じる1冊でした。

 

 

5 おわりに

いかがでしたでしょうか?

気になった方は

文にあたる』を使ってみてはいかがでしょうか?